「戦争と映画」(5)大戦後のヨーロッパレジスタンス映画
牛部屋に 蚊の声よはし 秋の風 芭蕉
In the cow-shed,mosquitoes’s voices are faint; The wind of autumn.
昨夜、一匹の蚊が腕にとまっていた「秋蚊」は「越冬つばめ」同様、哀れを誘う。太宰治の短編に「秋蚊」があると思っていたが無い、「斜陽」の中にあったかと拘っている。敗戦直後、日本社会から華族(きぞく)階級が消えた。特権や財産を失った人たちの多くが生活に困窮する、落ちぶれた旧華族をモデルにして太宰は小説「斜陽」を書く、「斜陽族」が流行語になった。旧華族の子女の中には夜の水商売に転じた人もいたと言われる。名門華族の娘、久我美子は東宝映画の第1期ニューフェイス試験(同期に三船敏郎がいる)に合格、黒澤明、今井正、市川崑、小津安二郎、巨匠・名匠と言われた監督作品に出演し大女優になる。彼女の出演した作品はほとんど観ている。懐かしい女優である。
明後日、新しい衆議院議員が決まる。民主党が政権を取れば日本の憲政史上初めて主権者が首相を交代させることになる。まさに静かな革命が起こる。自由と民主主義を築き、守るために血を流したことがない日本人にとって主権者意識は希薄である。独裁者が出現して自由と主権を奪われても多くの人は黙々と従うだろう。しかし、明後日の選挙で1票の力を実感すれば意識革命が起こる歴史的選挙になる。希望と不安の中でその日を待っている。
第2次大戦下、ナチスドイツによって占領支配されたヨーロッパ諸国の多くは、強大な権力に命懸けで抵抗した、彼らの戦いは「レジスタンス」(地下抵抗組織)と呼ばれ、何十万人もの犠牲者を出しながら、ドイツ軍の士気阻喪、かく乱戦を続ける。彼らを駆り立てたのは自由と民主主義を取り戻す、その一事だった。大戦後、レジスタンスの戦いを描いた映画を観るとその偉大さと壮絶さに圧倒されてしまう。
フランスではルネ・クレマン監督のドキュメンタリー映画「鉄路の戦い」(46年)で鉄道労働者たちの抵抗、ドイツ軍の作戦を妨害するために軍事列車の方向を変え、関係者が銃殺される。指名手配された抵抗組織の幹部を給水車に入れて国外へ脱出させる。ドイツ軍は「一人の抵抗者に十人の銃殺」で報いるが抵抗は続けられる。クレマンは「禁じられた遊び」(52年)でも戦争の悲惨さを訴えている。以後、「居酒屋」(55年)で主演のマリア・シェルを世界的名女優にし、60年、無名のアラン・ドロンを「太陽がいっぱい」で抜擢した佳作を残すが以後は引退したのか記憶に残る作品はない。
イタリア映画の巨匠ロベルト・ロッセリーニは「無防備都市」(45年)でレジスタンスに対するドイツ軍の凄まじい弾圧とそれに屈しない人々をを描く。特に拷問の凄まじさは目を覆うばかりである。指導者の神父に対する拷問も容赦しない、ナチスのポーランド侵攻とユダヤ人虐殺を暗に容認したカトリック教会にも戦う神父がいたことは意外である。夫と子供を置いて、ロッセリーニを慕いハリウッドからきたイングリッド・バーグマンとのスキャンダルが有名になり巨匠の実像が伝えられないのは残念である。
ポーランドは最初にドイツ軍に侵攻され、長い地下組織の抵抗をする。この国を代表する監督アンジェイ・ワイダの抵抗映画三部作「世代」(55年)、「地下水道」(57年)あまりにも悲しい「抵抗の詩(うた)」(69年)。ヨーロッパ諸国の人たちは自由と民主主義のため多くの血を流したから、誇りを持って戦争映画を作ることが出来る。侵略者と戦った経験がないないどころか、15年にわたってアジア諸国を侵略し続けた日本は、せめて「戦争の虚しさ、愚かさ」を映画によって訴え、戦争肯定や軍国主義復活を公然と唱える人たちに鉄鎚を下す使命が負わされている。