2012年5月15日 (火)

「THE MISSING PIECE」(2)さあ!出発だ!

肝心なこと忘れていました、この本の原書は16.99米国ドルです、2000円以下で入手できる筈です、興味のある方はアマゾン等で入手してください、今月中には完訳する予定です。

p.1~2は、手書きで書かれた直線(地面)が下の方に描かれています。他は真っ白。

p.3 口の一部が欠けたように見える、小さな目をした丸い主人公が線上に居ます・・・・・

   It was missing a piece.「それは、一片(ひとかけら)を無くしていました」

   イt ワズ ミシンぐ ア ピース

   And it was not happy.「それで、(それは)幸福ではなかった(楽しくなかった)。」

   アンd  イt  ワズ ナッt   ヘピ 

p.4 一本の線だけ   p5.地面を見つめる主人公、一片を探している・・・・・・・

p.6        So it set off in search 「それで、(それは)出発した、探す

     ソウ イt セt  ァふ イン サぁーち

      of its missing piece   ために、無くした一片を」

      ぁヴ イツ ミシンぐ ピース

   英文の各行は原文通りにしました、各行が一文になっておれば和訳は自然ですが、p.6のように2行になった場合は、不自然になります、自然な日本語にしてください

発音 語末にきた-d,-t 「ド」「ト」になりません、カナ表記も出来ません。「d」は舌の先で上歯の付け根の歯肉を軽くたたき、口をほんの少し開けて音を「たたき出し」てください、その時「ドゥ」と言うと米語らしくなります。「t」は「d」と同じようにして、音を出しません、上品ではありませんが、軽く唾を吐く要領ですると近い音が出ます。bed(ベd・べッド)、get(ゲt)、good(グd・良い)、soft(ソふt・柔らかい)。

   -ng は「ンぐ」で「ング」と少し違いますが、日本語でも「ガ行」は鼻音ですから簡単です、口を閉じて鼻から音を出すだけです。missingは「ミッシング」でなく「ミシンぐ」です。sing(シンぐ・歌う)、song(ソーンぐ・歌)。讃美歌はhymn(ヒムン)です。讃美歌125番は「ヒムンワンtウふァイヴ」で通じます。

  yの発音 yは半母音です、「イ」を弱く言います、yesは「ィエス」、day(ディ)。yesをyeah(ヤー)と言う場合があります、米国人は好きなようですが、目上や初対面の人には用いない方が良いと思います。親しくなれば構わないとは思います。私の場合、やたらに「ヤー」を連発されるとカラカワレテいるようで不愉快です。

「残日録」沖縄復帰40年に思うこと

 40年前の今日、沖縄が日本に返還された。太平洋戦争で唯一、戦場となった県である。2か月半に亘る激戦で、軍人・軍属約10万人、ほぼ同数の民間人が戦死した。他の都道府県は、米国と連合軍の支配を5年間受け、国家の権限を回復され、経済的大復興を遂げるが、沖縄県は敗戦後27年間、米軍の統治下にあった。神学校に居た時(1957~60年)沖縄から来ていた3名が、帰省する時「パスポート」を申請していたのに驚き、改めてそこが米軍支配下にあることを知らされた。

 27年間の米軍支配から復帰するが、米軍の基地はそのまま残されたままである。「日米安保条約」に基づいて、現在、日本国内に米軍施設が置かれている、その47%が沖縄に在る。それが不平等だと思っている人は全国(沖縄県を除く)で30%だと報じられている、信じられない。近畿には米軍基地は無いが大きな空港は3つある、そのうちの1つを米軍基地にしてはと思っている。日本人は「痛みを分かち合う」絆を大切にすると言われるが、沖縄の基地問題、東北大震災の「がれき処理」になると口を噤(つぐ)んでしまう。本音とタテマエの乖離(かいり)をしみじみと感じる。「人間ってそんなものです」と悟り顔で言えないのが苦しい。

 

 

 

2012年5月11日 (金)

THE MISSING PIECE(1)私流米語学習と発音

 しばらく「ざ ミシンぐ ピース」を読みながら、英語雑考します。多くの方が「関係ない」と言って逃げるのではないかと危惧(きぐ・恐れ慄く)していますが、それを承知で挑戦する理由は①この絵本をじっくり読んで和訳したくなったこと。②せめて1冊でも米語の本を音読して、米語の感覚を楽しく味わって頂くこと。

 ③最大の理由は、英語学習を始めた小学生、中学生の子供や孫がいる方は一緒にこの本を音読して、英語への関心を持たせる一助になればと願っているからです。

 私が高校で英語の成績が悪く、普通以上に成れなかったのは、中学2年で「英語嫌い」になったこと何度か書きました。原因は私の性格にあります。自分なりに、完全に理解しないと前へ進めない。「理屈を言わずに覚えろ(暗記)!」と言われた教師の言葉はそれなりに正しかったと思います。しかし、数学の公式、歴史の年代などを暗記するのと違って、「文法は理解すべきもの」であるという考えは間違いではなかった今でも思っています。特に中学の英語教師(この言葉は他者に用いても自分には用いません、私は単なる英語教員でしたから)は文法の成り立ちは公式として覚えさせても、Why(何故、理由)はしっかり理解させるべきです。私のような「英語嫌いの生徒」を出さないために。

 米語らしい発音 ベッカム選手が、最近、米国で生まれた息子に「正しい英語を身に付けさせたい」と言って英国に帰ったそうだ。英国人が米語に抱く複雑な感情を示しているが、米語が国際語になっている現実は否定できないので、発音も米語を基本にする。日本でも、昨年度から小学校に米語教育が導入された。文法は教えず、歌や簡単な会話で米語を楽しむのであれば賛成する。発音はできるだけ早く始めた方が良いが、日本語の方も大切にしてもらいたい。米語らしく発音するにはth,f,v,L,語末のd,t,p,それと「ア」と表記される発音が出来れば大丈夫です。それらの発音を我流に記号化しました、何とか通じますので信用してください、使用済みですから。例に用いる単語は中学1・2学年教科書「New CROWN」(三省堂)で用いられているものです。

 th 歯で舌の先を噛みますが、会話中にそんなこと度々していたら生命に係わりますので、舌の先端を軽く噛めば十分です、息だけ出すと無声音「さしすせそ」と表記。音を出すと有声音「ざじずぜぞ」で表記します。think(しンク)the(ざ)です。「シンク」「ザ」になっていませんか。「シンク」はsink(沈む)ですから。I(アイ) think(しンク) so.(ソウ)「私もそう思います」と言うつもりで「アイ シンク ソウ」と発音すると「I sink so」になり「私も沈みます」になるので相手に誤解されます要注意。

 f.v 上の歯で下唇を軽くはじいて離します。無声音を「ふ」有声音を「ヴ」と表記します。fine(ふァイン)唇をはじく時に「アイン」と言うと米語らしく聞こえるから不思議。very(ヴェリ)唇を離すとき「ベリ」と言うとそれらしくなります。上下の唇を離しながら「ベリー」は「berry」で「小果実など・straw berry(ストロウべり)は苺ですね。five(ふァイヴ)を何度も繰り返して「f」と「v」「ふ」と「ヴ」の鍛錬に励んでください。 

2012年5月 7日 (月)

「野球徒然草」(完)解説者・鎌田実と福本豊

   簾(れん)に入って 美人に馴るる 燕かな    嵐雪(らんせつ)

      Flying in by the bamboo-blind,

    The swallow is tame

      With the beautiful girl.

 嵐雪(承応3・1654~宝永4・1707)長い武家奉公の後、芭蕉の弟子となる。蕉門十哲の一人、其角と並ぶ江戸蕉門の双璧、晩年、禅を修める。発句集、編著書あり。「梅一輪 一輪ほどの あたたかさ」がある。「しだり尾の長屋長屋に菖蒲哉」を先日紹介した。1か月ほど前、開け放した玄関で物音がするのですっ飛んで行くと、ツバメがバタバタしている、巣作りの下調べかも知れないと隠れて様子を観ていたら逃げてしまった、玄関先で我が家の猫が身を潜めて主人と同じようにしているではないか、以後、ツバメが入ってくることは無い。

 「黄金週間」中、18年前卒業した教え子が4人来た、クラス会を予定しているとのこと、思いもしなかったことで嬉しかった、それまでは何とか生きていなければなるまい。まさに「黄金週間」になった。それにしてもタイガースよく敗ける、ゲンを担いで一昨日、巨人戦のTV中継観なかったら勝った!昨日もそうしたが敗けた。結局、9連戦は1勝6敗2分けで終わった、この先が思いやられるが、最後に大笑いできることを夢想している。毎年、春先は「投高打低」だが、「飛ばないボール」が導入され顕著になった、全チーム公平であり、打つ人は打っているから拘るのが可笑しい、阪神打線湿っているどころではない、水没している。

 今回で野球の話は終わり、連続9回になったのは単なる偶然。解説者は多彩、観戦に深みを与える人が多くなったが、どうでも良い人もいる。「ボールは打たないことです」「次はストライクを投げるべきです」当たり前のこと言うなと言いたくなる。解説者には専門的技術論を期待しているが川藤や中畑のように「気合を入れて打つ、投げる」根性論の連発もご愛敬。

 ソフトボールの監督をしている時、サンテレビ(兵庫エリア)解説の鎌田実氏(1939年・現南あわじ市生まれ)から多くのことを教えてもらった。彼は57~72年阪神に在籍、その間2回優勝、4位以下になったのは3回(最下位なし)だけで毎年優勝争いをしている。当時の阪神は遊撃手は吉田義男、3塁手は三宅秀史、2塁手が鎌田「日本一の内野手」と言われた。試合前のシートノック(フィールディング)を見るため内野席はいつも満員だったそうだ。吉田と並ぶ名遊撃手に巨人の広岡達朗がいた、鎌田は彼以上だったようで「広岡を2塁に回すから」と鎌田のトレードを阪神に申し入れて断られたと川上哲治が言った話が残っている。三宅は試合中、目に打球が当たり失明寸前になったので、急遽2軍から抜擢されたのが掛布雅之、守備では三宅に及ばなかったが、打撃では彼以上になった。シーズン後、三宅は退団した。

 鎌田からは、守備の基本だけでなく、打撃や走塁、作戦と多くのことを学んだ。彼から聞いたことをそのまま練習や試合で実践した。まさに恩師である。彼は野手の「片手捕球」を嫌っていたが、グラヴの品質が格段に進歩している今日、「片手捕球」の方が確実性が高い、彼も私同様、布製や粗悪な用具で野球少年期を過ごしたこと思い、より親しみを感じた。

 福本豊は名解説者である、走塁は当然だが、打者や投手についての独特の技術論は説得力がある。なんと言っても話術がすごい。下手な落語や漫才を聞くよりも数倍面白い。明石家さんまや島田伸助が彼のファンになり、影響を受けたのも当然。手元に「福本豊語録」の一部がある、どれも思わず笑ってしまうものばかり、全部紹介できないのが残念です。最も有名なのが、盗塁世界新記録を樹立した年「国民栄誉賞」を打診され「そんなもん要りまへん、もろうたら立小便できなくなるがな」であります。

2012年5月 5日 (土)

「野球徒然草」(8)解説者いろいろ

    山門を 出れば日本ぞ 茶摘唄    菊舎(きくしゃ)

      Coming out of the temple gate,

     The song of the tea-pickers;

      It is japan!

 菊舎(宝暦3・1753~文政9・1826)の俳号は菊舎尼、長門(山口県)豊浦生まれ。夫の没後、仏門に入る。芭蕉、親鸞の足跡を訪ね、旅人として生涯を終えた。この句は京都宇治の万福寺を訪ねた折詠んだもの。江戸時代初期、中国人帰化僧隠元が開いた中国風作りの寺。静寂な山門を一歩出た彼女の耳に響いたのは、茶摘み女たちの日本風の仕事唱、「ここは日本なんだ、日本は良いなあ!」つい先日「八十八夜」だったが、今日は立夏、夏が始まる。

 今日で国内の稼働原発がゼロになった。人知は第三の火である「原子力エネルギ」を此の世に持ち込み、「科学の勝利」に酔い痴れた、広島・長崎の原爆でその恐ろしさを知ったにもかかわらず、平和利用と称して原発を乱立したが、想定外の事故がもたらした悪魔的脅威に震え上がっている。人類滅亡を実感し始めている。「原子力」は人間にとって「禁断の実」だったようだ。

 野球の話、次回で終えます、今後まとめて書くことは無いでしょう、寂しい限りです。但し、タイガースが優勝し、日本一になった場合は「残日録(ざんじつろく)」に取り上げます。シーズン序盤の大事な「黄金週間9連戦」7連戦が終わって、5敗2分け、絶望のどん底。和田新監督は球場へ来る道順を毎日変えているそうですが効果なし、私もゲンを担いで今日・明日はTV中継を観ないことにします、気になるのでラジオを秘かに聴きます、これではダメか!

 野球中継に解説者が加わるのは現在では当たり前になったが、敗戦直後、アナウンサひとのラジオ中継に馴染んでいた者には画期的試みだった。NHKに志村正順(しむらせいじゅん・1913~2007年)というアナウンサがいた。敗色濃厚となった、当時の軍事政権は大学・大学予科・専門学生の兵役免除を撤廃し「学徒動員令」を発した。1943年10月21日、秋雨降る神宮外苑で、軍服に角帽(かくぼう)の6万人の学徒たちの盛大な「出陣壮行式」が行われ、その様子はラジオを通じて、悲壮感溢れる名調子で全国に中継放送された。その時のアナウンサが志村正順だった。

 戦後、彼はスポーツ放送担当となり、1952年ヘルシンキオリンピックの実況中継を終え、帰途米国大リーグを観戦した時、放送席で解説をしている元N・Yヤンキースの名選手ジョー・ディマジオ(マリリン・モンローと結婚直後来日した)を見て、帰国後、真似ることになる。

 野球解説者第一号になったのが、大学野球名選手、プロ野球では名監督の輝かしい球歴の人、小西得郎(1896~1977年)だった。志村の早口の名調子を「なんと申しましょうか・・・」とのんびりした独特の語りで受け止める、絶妙のコンビだった。

 中学・高校から20歳過ぎまで二人の中継放送に魅了され、ますます野球好きになったのを想い出す。小西から話術の楽しさは味わったが技術論は聞いた記憶はない。ヒットすれば「良いバッターですね」好投すれば「さすが名投手!」好守すれば「見事なファインプレー」盗塁すれば「足が速いですね」としか言わない。ラジオ時代だから通用したのだろう。小西は随筆集を出したり、東宝映画「おトラさん」シリーズ全6作にチョイ出して「なんと申しましょうか・・・」を連発している、身長160センチなかったので小柄な人だなあという印象しかない。

 タイガースファンに今でも「苦い思い」を残している試合がある。昭和天皇が一度だけ球場(狭い後楽園球場)に来た「天覧試合」で、悲壮感漂う全力投球が身上の阪神のエース村山が9回裏、長嶋に逆転本塁打を打たれた、今でもこのシーンは度々放映される。この時、実況したのが志村で解説者は小西だった。志村の声は聞かれるが、小西の解説は聞かれない。

2012年5月 1日 (火)

「野球徒然草」(7)一流選手は「読み」が決め手

    蝶飛ぶや 此世(このよ)に 望みないやうに     一茶

     The butterfly fluttered along

      As if it despaired Of the world.

 菜の花がきれいに咲いている、蝶たちが楽しそうに舞っている、凡夫(ぼんぷ)、普通人はそう思うが、一茶は違う。此の世に絶望した(despair)魂が浮遊しているように見えると言う。英訳者ブライス氏は「宗教的な句である」と評している。それにしても「デスペア=絶望する」は強すぎるように思う。そういえば「デスパレイトな妻たち」というタイトルの米国制ドラマがあった、私であれば「自暴自棄(やけくそ)になった妻たち」にする、観てないので無責任もいいところ。

 技術・体力・能力の秀才たちがプロ野球選手になるが、多くの人たちが公式試合に出ることもなく去っていくのがプロ野球界である。試合出場の機会が与えられ、名選手として名前を残すのはごく少数。この違いは何か、日ごろの鍛錬と研究心だろう。研究心とは「読む力」を向上・進歩させること。深く読めない打者は一流になれないことは前回述べた。

 バッテリーの読み 投手と捕手をバッテリーと言うのが面白いので調べた「一つなぎ、ひと組、列など」の意味がある、それで電池がバッテリーなのかと何となくわかった。優れた投手は読んで投げる、相撲の双葉山と並ぶ、大分県の誇り、名投手・稲尾和久(1956~69年・西鉄ライオンズ)は14年間で276勝、61年には78試合投げて、42勝している、全試合完投であるから肝っ玉が潰れてしまう。幼いころから漁師の父を手伝っていたので抜群の筋力だっただろうが、研究心も優れていた。大試合前には、1回~9回まで投げるボールの組み立てを全部決めて、克明なノウトを作っていたと本人が言うのを聞いた。捕手のサイン(シグナル)は演技だった。

 稲尾、小山正明、金田正一など超一流投手は別格として、ほとんどの投手は捕手のシグナルを優先するから捕手には重大な責任がある。打者の足の位置、バットの構え、相手ベンチのシグナルを一瞬で読み取り、球種、高低、コースを決めて投手に伝えなければならない。最も「読む能力」が求められるのは捕手だろう。経験を積んで野村のようになると「囁(ささやき)」戦法を用いて打者の心裡攪乱(かくらん)を図る、若い選手は悩まされたそうだ。

 野村は走者の盗塁を阻止するため、投手のクイックモーションを考え出したのでも有名、1065盗塁をして世界新記録を樹立した福本豊対策だった、72年106盗塁した福本は、この投法が用いられるようになってから盗塁数が減り始めたから効果は抜群だったが、投手は苦労したそうだ。それでも彼は引退するまで1シーズン60以上の盗塁をしている。彼によると「投手のクセを読み取れれば確率は高くなる」走塁にも「読む能力」が必須である。福本は168センチの小柄だったので、当時の巨人軍川上監督が球団から福本獲得を要請されたとき「あんなチビはプロ野球ではダメ」と拒否した話は有名、しかし、彼は生涯打率0.297であるから打者としても一流だった。

 川上監督が投手の先発完投をやめて、継投法を導入し、野球の醍醐味(だいごみ)を減じたと書いたが間違っていました。現役晩年の稲尾が中継ぎ専門にさせられたとあったからです。お詫びして訂正します。

2012年4月28日 (土)

「野球徒然草」(6)読む知恵と能力(ちから)

      きのふ去(い)に けふ去に 雁のなき夜哉    蕪村

         Last night departing,

       Today also,wild geese departing,-

         None tonight.

 冬の間、揖保川の中州で数多く見られた鳥たちは去んでしまった、一羽もいない。心なしか荒涼としている。空飛ぶ雁もどこかへ去んでしまった。「去ぬ」にこだわるのは、大分の懐かしい方言の一つで、しょっちゅう使っていたからです。姫路でもよく使われている、聞くたびに故郷を想い出す。岡山でも耳にした。蕪村の時代には日常語だったのだろう。揖保川といえば、ほとんど毎日通る大橋から1キロほど下流の河口ではウナギが獲れるそうで、釣り人にはよく知られているそうだ、すぐ近くにウナギの穴場があったとは、近所の老舗の「鰻屋」が天然ウナギを売り物にしている理由がやっと解(わか)った。

 昨日「コープ姫路」の「くらしの助け合い」の会合に行った、妻の死後、食事づくりでお世話になっている、活動内容は多種ありヴォランティア会員が温かく奉仕して下さる、8年前、Tさんから6か月間パソコンの個人指導を受け、なんとかブログ投稿が出来るようになった。この会合に出席すると心が和む。1921年(大正10)年発足して会員数は100万人を超す日本最大の「生活協同組合」になり、営利事業団体として生き残らなければならないが、創設者賀川豊彦氏が残した「隣人愛」は確実に受け継がれていることを実感するから、心が和むのだろう。

 プロ野球選手にとって人並み以上の体力、筋力が必要なのは言うまでもない。そのために単調な訓練が日々できるのが一流選手である。天才と言われるイチローは筋力訓練(トレイニング)の天才であることはよく知られている。何事にも「読む力」が要求されるが、打者には2種の「読み」が必須(ひっす)条件になる。先ず、相手投手を知るための学習に時間をかける、「長時間の読み」である。次に打席に立った時の「瞬間的読み」これが大変である。投手と打者の距離は18.44メートル、時速150キロ前後のボールを捉える時間は1秒もない。

 「好球必打」が原則だが、通用しない。好球を瞬間的に予測できなければ打てない。受験勉強で「山をかける」俗に「山をはる」のは邪道であるが、プロ野球では、それが出来ないと一流の打者にはなれない。漠然とした山勘ではなく、経験と知恵が凝集(ぎょうしゅう)された「瞬間的判断力」の優れているのが一流打者である。

 最近の投手は球種が多い、一昔前、変化球はカーブ(ほぼ水平に曲がる)、ドロップ(ほぼ真直ぐ落ちる)、シュートボール(カーブとは反対側に曲がる)やナックルボール(回転が少ない遅いボール)ぐらいだったが、最近の投手の変化球は多種あり、野球通を自認する私にもさっぱり分からない。

 野球中継で、たまにネット裏から投手を写すことがある、手首の捻(ひね)りと投げ終わった後の返しを見ると球種と速さが読み取れるが、打者には到底見えない。2ストライクまでは「山をかけ」追い込まれたら全ての投球に対応しなければならないから、打者は大変、スイングが小さくなるのが普通だが、外人選手には大振りする人がいる。「三振は恥ずかしくない」国民性が面白い。

 究極的な「読む能力」が要求される打者ほどではないが、日常生活でも「空気が読めない」人は失敗が多い。夫婦間でも同様だが、愛を基盤にした経験と知恵によって「読み合う」ことからも解放されると永続き出来そうだ。夫婦愛とはそのようなものかなと思ったりする。

2012年4月26日 (木)

「The Missing Piece」(序)不思議な「絵本」

 1か月ほど前、米国で100万部以上売れて、評判になっている「絵本」があることを知り、早速取り寄せ、英語の勉強も兼ねて訳すことにしたが、未だに訳せないで苦闘している。

 一昨年、訳した「葉っぱのフレディ」の4倍のページ数だが、字数は100分の1もない。ほとんど空白、どのページにも下の方に、1本の線が描かれ、それが時には、波線となり、山になり、川や海になる。穴ぼこから虫が顔を出したり、蝶が飛んだり、花が一輪咲いていることもある。

「The Missing Piece」・「ザ ミシング ピース」は直訳すれば「失った一片(ひとかけら)」だが、主人公は、それを探し求める◯で、口の部分が欠けている。(・へ・)の横顔を想像して頂けれは幸いです、無理かな~。

 何度か読み返しているうちに、今日、タイトルを「山のあなたに」としたが、訳し終えて変えるかもしれない。この本も、絵本形式の哲学書であることは確かである。

 「野球徒然草」が完了した後、この本の原文と訳を書く予定ですが、どうなることやら私にも分かりません。投げ出した場合は原文だけ紹介ますので、どなたか和訳に挑戦してください。

2012年4月24日 (火)

「野球徒然草」(5)監督は辛い(つらい)

    人に逃げ 人に馴るるや 雀の子     鬼貫(おにつら)

Now making friends,Now scared of people,The baby sparrow.

 雀は1年中見られ、日本の風土に溶け込んでしまっている珍しい小鳥、「歳時記」で季語を調べたら無い、「雀の子」は春になっている。人間は虫や鳥を「害鳥・害虫」「益鳥・益虫」と区別する、差別も甚だしい、勝手なものである。雀は害鳥の最たるものとして乱獲され、焼き鳥にされた。数年前から雀が激減している、少数になったが健気(けなげ)に飛んでいるのを見ると愛おしくなる。数年前から、裏の空き地にパンくずを撒いて雀の飼育?をしている。5~6羽が常連になって、忘れたりしていると電線にとまって催促する、食べている姿を我が家の小窓から窺う(うかがう)のが楽しみになっている。最近、雀たちに天敵が現れ彼らを脅かしている、我が家の猫である。空き地の真ん中に半日でも寝そべったり、物陰に隠れて狙っている。場所を変えて、空き地の隅っこにある物置の屋根に撒くことにした、しばらく平穏な日々が続いたが、時折、雀のけたたましい鳴き声がするので見ると、我が家の猫が屋根の上に座っていた。上にしたり、下にしたりして飼育を続けている、雀も心得たもので上手くやっている。まずは一安心という今日此の頃。

 プロ野球の監督は米国ではマネー(エイ)ジャと言う、「管理者・責任者・・・」のことで日本語になっている、米国では他のスポーツの監督はコーチと言うから、いかに野球の監督が注目されているか分かる。どの分野でもマネージャの力量が組織の運営を左右する、政界では首相が無能であれば国家が混乱する。

 監督はチームの現場責任者であるから、勝敗、特に敗戦の批判や非難は監督の采配に集中する、敗れた試合、タイガースファンが監督に浴びせる罵声(ばせい)はすさまじい。ある監督経験者が「甲子園球場で試合をするのが恐かった」と言っていたのも理解できる。

 選手は自分が関係する場面の状況判断が問われるだけだが、監督は試合中、常に緊張状態の中にいる。「1シーズン監督をして胃病にならない監督は居ない」そうだ。「シーズンが始まると円形脱毛症になる監督」もいるそうで、あの落合監督も何度かなったという話を聞いたことがある。監督は過酷な役割を持たされるが、選手にとっては憧れの仕事になっている。多くの映画俳優が監督を目指しているのと同じである。

 監督は常に決断をしなければならない、出場選手の決定から始まり、チャンスやピンチの重大局面では特にそれが求められる。選手が期待に応えてくれない場合、非難は監督に集中する、上手くいけば選手が喝采され、監督のことなど考えないのがファン心理。犠牲バントは最大の決断が求められる、成功した時の監督冥利(みょうり)は最高である。バントで思い出すのは、1965~73年、巨人9連覇の偉業を成し遂げた川上哲治、それまで、バントは高校野球がするものと思われていたが、川上はプロ野球にバント作戦を導入したり、投手は先発完投の常識を破り、勝つためには好投している投手を救援専門の投手に替える「リリーフ制」を考えだした。「プロ野球が面白くなくなった」と悪評紛々だったが、それらは現在では常識になっている。

 「ルール違反さえしなければ、勝つためには何でもする」のが現在のプロ野球、ルール違反もまかり通っている。本塁上のブロック、盗塁の時の走者の危険プレイなど審判は黙認し、監督は奨励する。名監督の最大条件は優勝あるのみ。優勝を何回しても監督の名前は忘れられる、川上は打撃の人として名を残しているが、監督をしていたこと知らない人もいる。監督とは辛くて悲しい者である。プロ野球に多くの名監督がいたが、私が名前を挙げられるのは極く少数である、それにしても落合博満は大選手であり、名監督だったが、巨人軍に移ったことは許しがたい。

2012年4月20日 (金)

「野球徒然草」(4)監督考から脱線して「松尾芭蕉の転機」

      さまざまの事 おもひ出す 櫻哉      芭蕉

        How many many

        Memories they bring to mind-

        The cherry blossoms. (D・キーン訳)

 多くの俳句の入門書には「漢字は控えめに、平仮名をうまく用いる」とあるのを、今日の芭蕉の句を見て思い出した、漢字の配置が良い、最後に漢字2字で安定感を感じる。俳聖と言われた彼も、若い時は武士としての出世を望む野心家だった。彼は伊賀上野(三重県)藤堂(とうどう)藩の最下級武士の次男、その家すら継げない「部屋住み」。藩祖高虎(たかとら)は秀吉に仕え、加藤清正と並ぶ武将、二人とも身長6尺(180センチ)を超える大男、さらに共に土木工事の才能が抜群だった。清正は築城の名人で、熊本城は天下の名城と言われたが、姫路城築城にも関係したと言われている。

 高虎は治山・治水の他、城下街づくりに特別の才能があった。若い時、同じように秀吉に仕えていた徳川家康から弟のように可愛がられ、徳川政権樹立に貢献している。関ヶ原の戦で勝利した家康は、1608年、最も信頼する高虎を宇和島から呼び寄せ、伊賀・伊勢の2領を与え「西の要(かなめ)」に任じる。高虎はこの地で河川を改修し、大きな港を作り、政治・経済の中心地とした。

 芭蕉(1644~94年)が俳諧の道へ入ったのは、連歌から俳諧が独立して間もなくの頃だった。彼が師とした北村季吟(きぎん・1624~1705年)は庶民俳諧の祖と言われる松永貞徳(1571~1653年)の高弟で歌人・学者でもあった。芭蕉18歳の句が残されているから、入門はそれ以前だったのが分かる。当時、藤堂藩には100人以上の俳諧師が居り、「伊賀俳壇」を形成していた。その中で頭角を現してきたのが若き芭蕉と蝉吟(せぎん)の二人、蝉吟は藤堂家の一門、藤堂良忠(よしただ)で嫡子(ちゃくし・後継者)芭蕉より2歳年長だった。

 芭蕉にとって、蝉吟は良きライヴァルであり、良き友人だった。彼との交友を深めことは武士としての将来が開けることでもあった。その蝉吟が24歳で他界した、彼の失望の深さはいかばかりだったろう。蝉吟の死は、芭蕉に「俳諧一筋の生き方」を決定させる。6年間、上野に留まり名声を上げ、句集も出版(自費出版)する。1672年、28歳になった彼は、運命を賭して江戸へ行く、俳諧の盛んな京・大阪よりも未開花の江戸に魅力とやりがいを感じたと考えるべきだろう。江戸で多くの俳人たちと交わり、競い合い、5,6年後に宗匠(そうしょう)となり、杉山杉風(さんぷう)、宝井其角(きかく)、服部嵐雪(らんせつ)等々が入門し、後に蕉門といわれる基盤を築く。平凡な武士でなく、俳諧の祖となった芭蕉に大転機を与えたのが親友であり、保護者だった蝉吟の死だった、人間の運命を考えます、出会いを考えます。冒頭の句は1688年の春、故郷に眠る蝉吟の墓所を訪ねた時に詠んだ句です。

 今日は「野球徒然草・監督編」の予定でしたが、芭蕉のこと書いてしまいました。私も戸惑い、驚いています。面倒くさいのでタイトルはそのままにしました、芭蕉と野球は全く関係ないことだけは申し添えておきます。

 

2012年4月17日 (火)

「野球徒然草」(3)審判は神さま?

      蝶々や 順礼の子 おくれがち 子規

Butterflies;The pilgrim’s child,Apt to lag behind.

 キリスト教(カトリック教会)やイスラム教にも聖地巡礼がある。日本の場合、西国33か所、四国88か所のお寺巡りが知られている。江戸時代には装束(しょうぞく・服装)が現代と同じようなものになり、短歌調の賛歌・ご詠歌も作られた。子規の場合、四国順礼の親子を見て詠んだ句だろう。この句を選んだのは、中里介山(かいざん)「大菩薩峠」の第一巻を思い出したからです。「完結篇」まで読了した人は一人もいません。何故でしょうか?クイズの良問になります。日本文学では最も長い小説です、中学生の時、第1巻と数巻があったので読んで魔力に取りつかれました、古書店で何冊か買って読みましたが疲れ果てて投げ出しました。20代になって数冊読みました、その内、作者に興味を持つようになり、資料を買い込み、ブログ投稿する予定でしたが、7年経ってしまいました、必ず書きます。

 この大長編小説は、虚無的な主人公、机(つくえ)龍之介が巡礼の親子と出会い、何故か父親を斬り殺す場面から始まる。さらに何故か残された娘を養育する。作品全体の不可解な主題になります。展開に興味を持たれる方は40数巻に挑戦してください。探せば古書店に有るかも知れません。ある人は、この作品は大衆時代小説でなく、宗教小説、哲学小説だと言っています。

 プロ野球観戦をする場合、審判が気になります。一番長く画面に出るのは球審です、それだけでも球審は主役です。時間的なものでなく、球審の判定(ジャッジ)は試合に大きな影響を与えます。一球の判定によって勝敗が決まることもあります。試合中、いちばん重圧を感じているのは球審でしょう。審判はルールの専門家でなければならない、選手や監督・コーチがルールを知らなくて指摘される場面がよくあります。

 30年ほど前、ソフトボール部の監督になった時、審判の資格を取ることが義務付けられました、協会スタッフには少数の審判が居ましたが、ごく少数です。女子の試合は出来るが、男子の場合、動きが速すぎてできないと言う人もいました。1日講習を受け合格すれば、県協会の塁審資格が与えられ、3年過ぎると球審の資格が与えられました。ソフトボールは野球のルールと若干違いますが、基本的なところは同じです。球審のインサイドプロテクターやボール先行のコールはソフトボールの方がずっと先輩です。

 審判は気力と体力勝負です、ソフトボールは7回ですが、60歳を過ぎてからは出来なくなりました。90分以上、前かがみの姿勢でいるのは重労働、さらに、緊張感も持続できません。アマチュア野球はルール厳守ですが、プロ野球は必ずしもそうではありません。ベースタッチは「同時セーフ」の筈ですが、アウトにしています。塁審の目は4つありませんので、走者の足と野手の捕球を一瞬に見ることは不可能です「音で判断しなさい」と教わりました。走塁の場合、塁(ベース)の一辺を空けておくのが規則ですが、ブロック(塞ぐ)を認めています。「捕手の名ブロック」なる賛辞が公然と使われています。捕手を突き飛ばす走塁を守備妨害にしないのは当然です、いい加減です。

 球審のボール判定、高低と水平面を同時に見ることは出来ませんから、100パーセント正確ではない。私もそうでしたが、球審は見えない長方形の「ストライクゾーン」を作って判定します。捕手が位置を変えても動かない理由です。それでも人間ですから不正確です「高低が厳しいとか横に甘い」と言われる理由です。ストライクゾーン判定の特殊メガネが考案されればとよく考えましたが、打者の姿勢など複雑な要素が絡んできますから不可能でしょう。「審判は神さま」と信じるしかない、だからこそ野球が面白くなるのが不思議です。